東洋のマチュピチュ~別子銅山跡地&マイントピア別子~

東洋のマチュピチュと言われるところは日本にたくさんあるそうですが、今回みなさんにお伝えしたいのは、歌手水樹 奈々さんの出身地である、愛媛県新居浜市の東洋のマチュピチュについてなんです。

スポンサーリンク
☆スポンサーサイト☆

東洋のマチュピチュとは?

その昔、新居浜市の山奥に別子銅山という銅山がありました。

その銅山跡地や、当時の街・住宅があった東平(とうなる)地区が、東洋のマチュピチュと言われています。

東洋のマチュピチュまでの道のり

まず、四国のメイン道路、国道11号線から山へ上がっていくのですが、車で30分はかかります。

しかも途中からは、車がすれ違うことができない細い道が続く山道です。

運転が苦手な人はやめたほうがいいと思います。(反対側崖。ガードレールなし。)

こんなんマチュピチュ違う!

道中もさることながら、 東洋のマチュピチュという名前負け度が半端ないのです。

山奥のキレイな空気はよいのですが、正直がっかりするのではないかと…

趣のある場所は何ヶ所かあるのですが、ふーーーん。。。です。

私の感性が鈍っているのでしょうか?

東平貯鉱庫跡

明治38年頃に建設されたと思われる、重厚な花崗岩造りの貯鉱庫。

東平索道停車場跡

旧火薬庫口

旧火薬庫口

明治45年に探鉱を目的に開削された坑道を活用した、坑道掘削用のダイナマイトなどを保管していた火薬庫。

第三通洞

明治35 年に貫通した、東平坑口から東延斜坑底を結ぶ延長1,795m・幅3.35m・高さ3.73mの主要運搬坑道。

明治38年には電車が導入され、昭和13年からは東平と日浦を結ぶ「かご電車」(1両当たり最大8人乗り)が運転を開始し、一般利用にも提供されていたそうです。

静かでなんともいえない寂しさに、胸が苦しくなってきました。

途中、昔団地だったところを通るのですが、子どものお茶碗が割れたかけらが落ちていたり、団地の家々に残った石垣などを見ていると、昔はすっごく栄えていたんだろうなぁ。賑やかだったんだろうなぁ。という背景と、今この現実のとてつもなく寂れている風景に、なんともいえない虚無な感じが入り混じって、だんだん怖くさえなります。

子どもの楽しそうな声が聞こえてきそうな気さえします。

帰りは小走りで車まで戻りました。

なんだかこのまま異空間へ飛ばされそうな恐怖に襲われて・・・

マイントピア別子

東洋のマチュピチュよりも簡単に行ける、国道11号を曲がって比較的すぐにあるのが、マイントピア別子です。

『東洋のマチュピチュ』への道中にある大きな施設なので、すぐにわかると思います。

運転に自信がない人、とりあえず『東洋のマチュピチュ』の現在の情報を手に入れたい人は、ここへ寄ることをおススメします。

ここには、

  • 温泉
  • お土産屋さん
  • 砂金探し
  • ちょっとした遊ぶところ
  • お食事処

などがあります。

トロッコ列車に乗って少し奥まで行くと(すぐそこなので気分だけ。歩いても行けます)東洋のマチュピチュとそんなに変わらない景色も味わうことができるので、ムリにあの山奥まで行くこともないかな?

銅山観光(ちょっとした学べる施設)もありますよ。

観光坑道(有料)

時速10キロほどののんびり旅。

旅といえないくらいのゆっくりしたスピードです。

昔のトンネルや橋を渡ります。

(汽車の中から撮影)

汽車が到着したのは体験ゾーン

子ども連れにおすすめなハズの体験ゾーンには、私たちが行ったときは半分ほどの遊具が動かなかった遊学パークがあったり、ジオラマがあったりしましたが、正直こちらも・・・寂れた感が半端なかったです。

数少ない動いた遊具はこれ

削岩機

ガガガガガっ!と揺れて、しばらくすると前の岩が割れ、割れたところから水が流れるか風が出るかする仕組み(2種類ある)

行きはトロッコ列車。

帰りは下りだから観光がてら歩いて戻るのがおすすめです。

東平まで行かなくても、ここでも銅山跡の雰囲気は味わえます。

レストラン『もりの風』

メインの建物まで戻ってきました。

ここはお土産もの屋さんやお食事できるところがあります。(トロッコ列車の出発駅でもあります)

もりの風

観光地にしてはリーズナブルなお値段設定。

水樹奈々ちゃんおススメメニューもありましたよ。

『お子様ランチ』780円

東洋のマチュピチュで一番のおすすめなのは・・・

1日かけて色々周りましたが、私一番のおすすめは・・・

いよかんソフトクリーム♪

愛媛ですからね・・・(^^;)

新居浜へ行くなら

西条へ行くなら

スポンサーリンク
☆スポンサーサイト☆

フォローはコチラ♪

スポンサーリンク
スポンサーリンク
☆スポンサーサイト☆